僅かなるケンブリッジ

2003年春に博士号を取得し吉信研究室から筑波に行き、今はケンブリッジに滞在しているMさんの手記です。Mさんは掲示板でおなじみですね。
第7回
2004年12月15日
英国のクリスマス(Xmas in UK)

   みなさまお久しぶりです。第7回はこのタイトルで書くと決めていたのですが、帰国後は正月気分に飲み込まれてしまい、もたもたしているうちにあっという間に春が来て、クリスマスの話題に触れる時期を完全に逸していました。「今年のクリスマス前に書けばちょうどいいだろう」と思っていたのですが、気づいたら今日はクリスマス・イブ。。。慌てて執筆している次第であります。

 さて、みなさまは英国のクリスマスと聞いてどのようなイメージを持たれているでしょうか?北欧にも近いしキリスト教圏の国だから、日本のクリスマスとは比べものにならないぐらいきらびやかなものだろう、と私は思っていました。英国滞在期間が11月2日から12月28日までだったので、渡英前いろんな人に「クリスマスを英国で過ごして、大晦日と正月は日本で楽しみます」と話すと、誰の口からも「まあ、すてきね」という返事が返ってきました。しかしその実態は。。。

 最初に「えっ?」と思ったのは、ケンブリッジに到着してから最初の月曜日。カレッジの事務室で寮を借りるための契約をしたときでした。係の女性に何日まで寮に住むか正確な期間を教えて欲しいと言われたので、「クリスマス・イブから研究所は休みになるそうだから、25日から帰国するまではロンドンのホテルにでも泊まって楽しもうかと思ってるんですけど」と言ったら「それは無理ね」と言われてしまいました。最初なんで無理なのか全く理解できなかったのですが、よくよく聞いてみると24、25日は電車、バスなどの公共交通機関がすべて終日運休になるとのこと。クリスマス・イブからクリスマスにかけては、言うなれば日本の大晦日から正月に相当するもの。日本だったら都内のJR・私鉄・地下鉄が終夜運転や運転時間の延長をするぐらいなのに、英国ではすべて運休。日本と英国のあまりの違いに驚きを隠せなかったものの、「とりあえずそういうことなら12月28日まで寮を借りて、クリスマスはケンブリッジで楽しみます」ということで落ち着きました。

 英国では11月下旬頃からカードやプレゼントなどが店頭に並び、本格的なクリスマス商戦が始まります。また12月になるとあちらこちらで職場や大学の仲間同士などでクリスマスパーティーが行われるようになります。私が滞在したNanoscience Centerでも12月15日にレストランでクリスマスパーティーが行われました。英国のクリスマスパーティーではクリスマスクラッカーが必需品です。これがないと始まりません。クラッカーといっても日本でよく見る円錐からひもが出ているタイプではなく、紙に巻かれたキャンディーのような形をしていて、両側を持って引っ張るとパン!と音がするものです。クラッカーの中からはチープなおもちゃ、くだらないクイズが書かれた紙、これまたチープな紙製の王冠の三点セットが出てきます。「紙製の王冠」を被ると英国人たちはパーティーモードに突入です。内容としては日本の忘年会とほとんど同じなのですが、この紙の王冠のおかげでかなり異様な雰囲気が醸し出されていました。

 さて、クリスマス本番の24、25日はケンブリッジでクリスマスを堪能する予定だったのですが。。。街は普段の賑わいが嘘のように静まりかえっていて、まるでゴーストタウンのようになっていました。24日はごく一部の店が営業していましたが、25日はすべての店が休業日。26日もほとんどの店が閉まっていました。クリスマスは家族で過ごすものであり、そんな日に仕事をするなんてあり得ないということらしいです。結局クリスマスは外に行っても楽しいことは無さそうなので、私は家に戻ってラジオのクリスマス番組を聞きながら帰国の準備を進めていました。時折伝えられる交通情報によると、至る所でクリスマス渋滞(公共交通機関がすべて止まってしまう為、マイカーの通行量が増え渋滞する)が起こっているようです。こうして私の英国でのクリスマスは静かに過ぎていきました。

 27日になると街はクリスマス用品の売れ残りを一掃するためのバーゲンセールで賑わいます。このときおみやげを買えば安く済んだのでしょうが、残念ながらケンブリッジ出発は27日早朝でしたので、その恩恵にあずかることはできませんでした。もっとも既にトランクや鞄は最密充填構造で荷物が詰め込まれていたので、物を買い足すことは物理的に不可能でしたが。私は店のショーウインドウに張り出されたバーゲンの予告を横目に見ながら、ヒースロー空港行きのバスが出発するバスターミナルに向かいました。

 この原稿を書いているうちに日付が変わってしまい今年もクリスマスになってしまいました。いったい何をしてるんだか。。。それではまた次回。
(次回はやっと最終回です)


クリスマスパーティーでは紙の王冠が必需品。


25日15時頃のメインストリート。この時間帯はほとんどの英国国民がテレビやラジオで女王陛下のクリスマススピーチを視聴している為、特に人通りが少なくなる。


私のクリスマスディナー。このあとに出てくるデザートはもちろん甘すぎるクリスマスプディングと紅茶。

第1回
2003年11月15日
ガイ・フォークス・ディ(Guy Fawkes Day)

僅かな期間ですがケンブリッジにて連載を書くことになりました。

 11月5日はガイ・フォークス・ディと呼ばれ、その日の夜はイギリス中の至る所で大 きな花火が打ち上げられ、たき火が焚かれ、その上でわら人形が燃やされます。その日 だけは子供達も夜遅くまで街に繰り出すことが許されるそうです。。。ということを知 ったのは6日になってから。ガイ・フォークス・ディなる行事が存在することは知って いたのですが、手持ちのガイドブックには「10月5日はガイ・フォークス・ディで...」 と書かれてあり、11月5日は別の行事だと思いこんでいました。ガイ・フォークス・デ ィの晩、ケンブリッジの中心部にあるSainsbury's(食料品を主に扱っているスーパー 。英国の至る所にあるらしい。)に買い物に行ったのですが、帰り道は「こんなに沢山 人が住んでたの?」とびっくりするぐらいの人達が自分とは逆の方向に歩いていきまし た。

 ちなみに英国では打ち上げ花火はこの行事のときにしかやらないそうです。日本人の 感覚では10月上旬に行われる土浦の花火大会ですら時季外れなのに、まさかこんな季節 に花火をやるわけないと思っていたので、最初花火の音を聞いたときは近所で銃の乱射 事件が起こっているのか、不良達が夜中に爆竹鳴らして騒いでるのかと思ってました。 (ガイ・フォークス・ディは5日ですが花火は4日頃から上がってました。)ところで、 花火は英語で「Firework」ですが、はっきり言って外国の花火はレベルが低くて「Fire play」って感じですね。あの程度のもので「work」なんて言って欲しくありません。

 さて、ガイ・フォークス・ディに話を戻します。英国のハローウィンなどといわれて いるこの行事ですが、その起源をたどるとずいぶんときな臭いものです。この行事の由 来は、「英国の国会議事堂(ビックベンがあるところ)に爆弾を仕掛けられたのが爆破 前に発見され未遂に終わったのを祝う」ということなのですが、この事件はいまだにプ ロテスタント(英国国教会、爆弾を仕掛けられた側)とカトリック(爆弾を仕掛けた側 )の間に禍根を残しているようです。この行事に欠かせない花火は爆弾、わら人形は事 件の実行犯のリーダーだったガイ・フォークス(首謀者は別にいたのですが何故か有名 ではありません)、そしてそれをたき火で燃やすのは処刑を模倣しているとのことです 。詳しい背景は他のホームページにいろいろ書いてあるようなのでgoogleなどで検索し てみてください。(この行事の呼び方は「ガイ・フォークス・ナイト」などいくつかあ るようです。)

 ガイ・フォークス・ディが過ぎると英国は本格的な冬を迎えます。11月2日にケンブ リッジに到着したときは紅葉が盛りを過ぎた頃だったのですが、今はもう多くの木が葉 を落としてしまいました。宿舎の庭ではリスがせっせとエサを食べていました。きっと 冬ごもりの準備をしていたのでしょう。これからますます寒くなります。
 それではまた次回。

King's Collegeのチャペルの脇に生えている木。

ガイ・フォークス・ディの前


ガイ・フォークス・ディの後
(注)撮影している角度が違いますが同じ木です。また一晩でこうなったわけではありません。
第2回
2003年11月21日
ケンブリッジ大学(University of Cambridge)

前回書きませんでしたが、現在私はケンブリッジ大学のNanoscience Centerという研究所に科学技術振興機構の国際共同研究プロジェクトの研究員として派遣されています。ケンブリッジ大学といえばオックスフォード大学と並び称される世界的にも有名な英国の超エリート大学です。これを読んでいる方でケンブリッジ大学の名前を聞いたことがないという人は恐らく一人もいないでしょう。ノーベル賞受賞者を大量生産しているところです。

 ところで「ケンブリッジ大学 Nanoscience Center」と聞くと、東京大学の物性研究所のようにケンブリッジ大学の附置研のような組織を想像する人が多いかもしれません。でも実は違います。今、明かされる驚愕の事実(というか英国に行く直前まで私が知らなかっただけなんですが。。。)、「ケンブリッジ大学」という大学は存在しません!!何アホなことを言っとる、と思うかもしれませんが、実はケンブリッジ市内にあるカレッジや研究所をまとめて「ケンブリッジ大学」と呼んでいるだけで、King's College、Queen's College、Trinity College、St. John's Collegeなどそれぞれのカレッジが、日本で言うところの「大学」に相当する組織なのです。だから入試も個々のカレッジごとに行われ、「ケンブリッジ大学」の入学試験というものはありません。(同様に「オックスフォード大学」という大学も存在しません。)電話帳を見たところ、カレッジと名がつくものだけでなくDepartment of Chemistryなども独立した組織として存在しているようです。University of Cambridgeという組織は存在しますがそれ自身が大学というわけではなく、各カレッジや研究所の共通の業務を行ったり、それぞれの組織間の連携を引き受けているだけで、個々の組織に対する権限はあまり持っていないのです。Laboratory、Department、College間の関係がどういうものなのかいまいち理解しきれていないのですが、一緒に実験をしている院生の人に聞いてみたところCollegeは日本でいうところの大学、Departmentが大学院大学、LaboratoryはCollegeやDepartmentの附置研ということのようです。

 今回のタイトルからちょっとずれますが、私が訪れているNanoscience Centerについても簡単に説明したいと思います。Nanoscience Centerは街の中心部からちょっと離れたWest Cambridge siteにある、今年できたばかりの研究所です。Department of ChemistryやDepartment of Physicsなどから研究者や大学院生が来ているとのことで、東大の新領域創成科学研究科のような感じです。但し規模は院生を含めて40人程度なので物性研の先端領域で一つの研究所を持っているようなものですね。(物性研以外の方、わかりにくい喩えで申し訳ありません。)Nanoscience Centerではその名前からもわかるように、ナノテクノロジーに関する研究を行っています。ナノテクノロジーというのはナノメートルオーダーの大きさの物質に現れる様々な現象を応用する技術ですので、その対象となる物質は金属、半導体、生体物質といったそれぞれの枠だけには収まらず、これらの複合材料なども含めて非常に多岐に渡ります。(極端なことをいえば小さければいいわけです)したがって従来の物理、化学、生物といった「縦糸」の中だけで完結するような研究分野ではありません。過去の膨大な蓄積を持つこれらの「縦糸」を関連づけるための「横糸」として、Nanoscience Centerは設立されたのです。ナノテクノロジーに関する研究はまだ始まったばかりです。これからどのような「布」が織られていくのかとても楽しみです。
それではまた次回。

St. John's College

観光客がたくさん来ます。

Nanoscience Center

観光客もここまでは足を伸ばしません。
第3回
2003年12月2日
ケンブリッジを歩く(Run in the Rain)

 ケンブリッジは学問の街としてだけではなく観光地としてもまた有名です。今回は仕事でケンブリッジに来ているわけですが、週末は休みですので観光を楽しんでいます。ケンブリッジでの観光の中心はやはり何百年もの歴史を持つ古いカレッジの建物と、ケム川のパント船です。新緑のきれいな時季でしたら、パント船に乗って岸に生えている柳を見ながら綺麗な橋を幾つもくぐっていく、、、なんて考えただけでも楽しそうです。でも、ただでさえ寒い11月にパント船に独りで乗ったら身も心も冷え切ってしまうので、今回の滞在ではパ ント船には乗っていません。

 ケンブリッジの中心部は車の乗り入れが規制されており、また学生が多いということもあって、自転車を利用している人がたくさんいます。確かに自転車があれば便利なのですが、たった2ヶ月の滞在のために物価の高い英国で自転車を買うのも勿体ないので、とにかくひたすら歩いています。ケンブリッジは比較的コンパクトな街なので歩きでも何とかなるのが救いです。茨城県にある某学園都市とは全然違いますね。研究所に行くのも徒歩、日々の買い物も徒歩、観光も徒歩です。二階建てバスが走っているの見ると、なんとなく乗ってみたくなりますけど。

 観光地でどこを見たらいいか調べる一番手っ取り早い方法はガイドブックを見ることです。最近はWebで調べるのも便利でいいですね。意外と知られていないお勧めの方法はその土地の絵はがきを見ることです。観光地で売られている絵はがきやグリーティングカードは、たいてい地元の慣れたカメラマンが写真写りがいいところを選んで撮影していますので、初めての場所で手っ取り早く撮影ポイントを知るためのお手本になります。普段は店に並んでいるのを端から見るだけで充分なのですが、今回は長期の滞在なのでたまには手紙でも出してみようということもあり6枚入りを一組買ってきました。買うときはあまり気にしていなかったのですが、カードを見ているうちにあることに気付きました。6枚とも全て木の葉が青々と茂っているのです。木製の橋ということで有名な数学橋の写真では、周りに半袖の人が乗っているパント船がたくさん浮かんでいます。要するに今は観光のオフシーズンなんですね。

 寒いだけならまだいいのですが、今の季節ケンブリッジはよく雨が降ります。週末に「今日は街の写真を撮りに行くぞ!」と思い窓の外を見たら大雨。。。なんてことも何度かありました。また、朝は晴れていたのに午後から雨ということもよくあります。雨が降ると外を歩くのがおっくうになり気分が滅入ります。屋内の観光なら良かろうと思って雨の中チャペルの中を見に行ったこともあるのですが、ステンドグラスは日光が差しているときほど綺麗には見えずちょっとがっかりでした。でも、「雨の日は雨のときしか撮れない写真を撮ればいい」と自分に言い聞かせ、せっせと写真を撮り歩いています。

 街にもだいぶ慣れたので、最近は地図を持たずに出歩いています。地図に頼らずに自分の感覚だけで歩こうとすると、必然的に周りをよく観察するのでいろいろなことが見えてきます。時々迷いますがそれもまた楽しみの一つです。

 それではまた次回。


何故かカレッジの敷地に牛が。


ガイドブックに必ず載っている数学橋。


雨に濡れるKing's collegeの建物。


マジですか!?


ケンブリッジのお店のショウウインドウ
第4回
2003年12月6日
研究生活(It's Tough?)

 現在滞在しているNanoscience Centerは今年出来たばかりの新しい研究所で、その母体となっているのは数十メートル離れたところにあるCavendish Laboratoryという研究所です。この研究所は歴代の所長(Professor)はだいたいノーベル賞をもらっているという恐ろしいところです。原子物理をちょっとでもかじったことがある人ならRutherfordやJ.J. Thomsonの名前は必ず知っていることでしょう。Nanoscience Centerの院生やスタッフも、その多くがCavendish Labから移ってきた人です。(もちろん以前書いたように他の部署からも来ていますが)そんな研究所ですからきっと朝から晩まで研究に明け暮れているのだろうと思いきや、初日の朝9時ぐらいに行ったらほとんど人がいませんでした。とりあえず来ていた人に実験室の案内をしてもらったのですが、そのときに「みんなだいたい何時ぐらいに研究所に来るんですか?」と聞いたら、「そんなに早くは来ないよ。英国人はあまり頑張って仕事しないから」と言われました。これを聞いた瞬間、今回の滞在期間中の裏課題は「なぜ頑張らないのに、ここではノーベル賞をもらえるような仕事が出来るのか調査する」に決定しました。

 朝が遅いのは日本の研究所でもよくあることですが、決定的に違うのは夜帰るのがみんな早いということです。ほとんどの人が19時ぐらいには帰宅してしまいます。更に22時以降は警備システムが働くそうで誰も居残りできないそうです。まあ、家ではまったく仕事をしないというわけでもないでしょうが、少なくとも実験は出来ないはずです。更にNanoscience Centerでは行かないのですが、10時頃になると研究室のメンバーが揃って食堂に紅茶を飲みに行くという光景が随所で見られます。

 先日、Department of Chemistryの研究室を見学する機会があったのですが、そこでも同様で10時30分になるとポスドクの一人が「Tea」と行って部屋を出ていき、そのあと他の人たちもぞろぞろ付いていきました。(お客さん(←自分のこと)が来たから紅茶でも飲みながらってことかな?)と思ったのですが、食堂に行ってみたら既に別の場所で実験してたと思われるメンバーが席に着いて紅茶やコーヒーを飲んでいました。だいたい30分から1時間程度あれこれ話したあとに部屋に戻っていきましたが、その1時間半後には再び食堂に集結してみんなで昼ご飯です。14時ぐらいにNanoscience Centerに戻ったのでその後の様子は見ていないのですが、話によるとAfternoon teaもちゃんと集まって飲むそうです。

 紅茶を飲んでいるのがいいというのなら、日本の昼に放映される某テレビ番組で紹介された食品のように、みんな紅茶を買い求めて店頭から紅茶が姿を消してしまうでしょうが、たぶんそんな理由ではないと思います。ここに滞在してて気付いたことは、議論をよくするということです。セミナーなどがあったあとには必ず「さっきの話、どう思う?」と意見を求められますし、大学院生向けの講義(誘われたので一度聞きに行ってみました)でも終わったあとに学生から質問があったらそれについて時間をかけて議論します。あと、英語圏の国という大きな母集団から優秀な学生を集められるというのも、優れた研究を行える理由の一つでしょう。しかしながら、実際何が良いのかはいまだによくわかりません。自分自身が答を見つけることは出来ない可能性が高いでしょうし、もし見つけられたとしても数十年後のことでしょう。とりあえず、今はせっせと紅茶を買い集めて飲んでおります。

 それではまた次回。  


なんとなく記念写真。


研究所に飾られているラザフォードの写真。


10時のお茶。

第5回
2003年12月20日
英国の食事(Bushcraft)

最初に一言。日本でこれを読んでいる皆様、今そこにある幸せをかみしめてください。

 ついにこの陳腐なテーマについて書く日が来てしまいました。私、渡英するのは今回が初めてなのですが、日本を発つ前にいろいろな人から英国についての知識を吹き込まれました。「みんなQueen's Englishをしゃべる」「ウェールズ人はけちだ」「冬はめちゃくちゃ寒い」「電車のダイヤはあてにならない」「みんなプライドが高い」「物価が高い」「いつも傘を持ち歩いている」「いつも紅茶ばかり飲んでる」「クリスマスの飾り付けは日本と気合の入れ方が違う」などなど。そんな予備知識の中でもっとも自分にとってダメージが大きく、かつ思い知らされたのは「食事が不味い」です。最近の英国食は以前に比べてまともになったという噂もあるそうですが、それは単なるデマです。

 初めてCavendish labの食堂に行ったとき、インド料理なら大丈夫だろうということでカレーをたのんでみました。ついでにデザートらしきものも取ってみました。レジで清算したら3.60ポンド(約700円)。研究所の食堂にしてはちょっと高い気もしますが、物価の高い英国では仕方ありませんね。

 テーブルについて一口 食べて思わず周りを見回してしまいました。皆さん美味しそうに食べています。もう一口食べて思いました、「 これが英国名物の不味い飯か」と。テーブルの上には塩と胡椒と飲料水が置いてありましたが、これらをどう組み合わせて使っても解決することはできそうにありませんでした。どこをどう勘違いしているのかよくわからないのですが、とにかくカレーの味がしないのです。デザートは良心的に解釈するなら「フルーツのパイ包み焼きにカスタードクリームをかけたもの」なのですが、実際には「失敗したホットケーキのようなもの(なんか粉っぽい)の間に、やや酸味があるが全然甘くない果物(正体不明)が生ぬるい状態で挟まっていて、その上からこれまた粉っぽいカスタードクリームがかかっている」というのが自分の舌の検出結果です。

 食堂には他にもドライカレーのようだけど米のまわりがびちゃびちゃしてて、かといって米が軟らかいわけではなくむしろ硬い、というどのように命名したらいいのかわからない料理もあります。英国人の分類法ではこの米を使った食べ物はサラダに属するようで、いつもサラダバーのコーナーに置いてあります。サラダバーは一種類が0.70ポンド(約130円)なので、この米料理と野菜サラダを添えて1.40ポンドです。量は3.60ポンドコースからデザートを除いたものとほとんど変わりません。いずれにせよ不味さはさちっていますので、どうせだったら値段が安い方が精神的ダメージが少ないだろうということで普段は1.40ポンドの米+野菜サラダで食いつないでいます。たまに冒険して3.60ポンドに挑戦してみるのですが、一口食べた瞬間に後悔するのがお決まりのパターンです。

 最初は食べ慣れていないものだからそう感じるのかな、、、と思っていたのですが、味わってみればみるほど疑念は確信に変わり、最終的には英国人は料理というものを根本的に間違えていると言わざるを得ないという結論に達しました。上記の具体例では研究所の食堂についてのみ述べましたが、食堂以外の場所でも何度か英国人が作った料理を食べる機会がありましたが、この結論が覆されるようなものには一度も巡り会ったことはありません。(注1)

 今回の滞在で一番の救いだったのは「自分が自炊の出来る人間だった」ということです。料理のレパートリーはまだまだ少ないものの、日本国内の参謀の指令を参考にしながら朝と晩の料理は自炊していますので、英国料理からは離れた食生活(紅茶は飲んでいますが)を送ることができます。日本の料理に使うような食材がなかなか手に入らない(注2)ので多少の苦労はありますが、いつも日本食を食べているわけではありませんし、逆に日本では手に入らないような食材を使えるという利点もあります。野菜や果物は表示を見るとスペインから輸入されているものが多いようですね。最初の頃は調味料や食材の当たり外れに苦労しましたが、最近は眼力が備わってきたのと、Webの情報を参考にして揃えているのでだいぶ落ち着いています。一般的に生肉や小麦粉、塩などのように素材に近いものは問題ないのですが、缶詰やマヨネーズなど味付けのしてあるものや加工品は要注意です。普通は不味い食べ物はあまり売れずに淘汰されるはずなのですが、それを不味いと感じない消費者が沢山いる限り、この国から美味しくない食べ物が追放されることはないでしょう。

 先日、友人から来たメールにこんな一文がありました。
「英国人が7つの海を制覇できたのは、味盲だからという説がある。」
これを読んだとき、ふと「なぜ頑張らないのに、ここではノーベル賞をもらえるような仕事が出来るのか調査する」の結論が「不味い料理を食べてるから」だったらどうしよう。。。と思いました。もしそうならばノーベル賞なんて要りませんので、どうか美味しいものを食べさせてください。
 それではまた次回。

(注1)  今回は英国料理についての話です。もちろん英国内でも、その本国の人が調理している中華料理店やインド料理店では美味しいところが多くありますが、観光旅行に来ているわけではないので勤務日に昼食のためだけに片道30分以上も歩いてそのような店に行くのは不可能です。

(注2)  これはごく最近気付いたことなのですが、ロンドンの中華街に行くと中国料理の材料に混じって色々な日本食の材料が売られています。ケンブリッジのスーパーでは味醂を見つけられずにいたのですが、ロンドンの中華街ではあっさりと見つけることが出来ました。(残りの滞在期間が短いので買いませんでしたが)ケンブリッジでも中国料理の材料を扱っている店はありますが、一緒にロンドンの中華街に行ったNanoscience Centerの中国人留学生が中国料理の材料をまとめ買いしていたので、ロンドンの中華街ほどの品揃えは期待できないのかもしれません。
第6回
2004年2月18日
英国の人(Father Christ..... BAKABON?)

 iPod(mp3プレーヤー)は便利ですね。音楽CD数百枚分の音楽が手のひらに収まってしまうわけですから。特に今回のように海外に長期滞在するときは重宝します。私の持ってきたiPodにもだいたい1000曲分ぐらい入ってました。しかし今は22曲、アルバム2枚分だけです。実は2週間ほど前に日本から持ってきているノートパソコンのハードディスクが物理的に壊れてしまい、iPodを外付ハードディスクとして使わざるを得ない状況になってしまったのです。必要な容量を確保するためにiPodからほとんどの音楽データを消去したのですが、残りの滞在期間を音楽なしで過ごすのは忍びないと、アルバム2枚分だけ残すことにしました。その中の一つが矢野顕子の「BAKABON」でした。

 この曲は皆様ご存知の漫画「元祖天才バカボン」をモチーフにした曲なのですが、アッコちゃんの高らかな声で「これでいのだーあ〜〜♪」が何度も繰り返されます。いま住んでいるところにはテレビがないので、家にいるときは大抵パソコンでmp3をランダムで繰り返し再生しているのですが、曲数が少ないため同じ曲が何回も繰り返されます。もちろん「BAKABON」も例外ではありません。そんな音楽ライフを過ごしているうちに、ある日ふっと「もしかして英国人ってバカボンのパパ?」と思い始めるようになってしまいました。

食堂でどんなに不味い食事を繰り返し出されても、
地下鉄で途中駅が幾つも閉鎖されていて通過しているのに運行状況の表示が「Good Service」になっていても、
電車が出発時刻(到着時刻ではない)の15分前になっても何番線に入線するのかわからなくても、
そして出発時刻の7分前に「On time(定刻)」の表示が「Delayed(遅延)」に変わり定刻から10分以上遅れて到着しても、
本屋で大人も子供も床に座り込んで売り物の本を読んでても、
さらに読み終わったあと床に本を放ったまま帰ってしまっても、
クレジットカードをレジで返されるときに放り投げられても、
買ってきたコーンフレークの包装袋に大きな穴が開いていても、
15分に1本来るはずのバスが40分以上経っても全く現れなくても、
何の前触れもなく突然水道を止められても、、、、
相手がバカボンのパパだと思えば怒る気も失せてしまいます。「これでいいのだ」と言われてしまったらもう反論できません。バカボンのパパは植木職人ですから、ガーデニングが好きな英国人に通じるものがあります。我ながら言い得て妙なり!と思いました。

 さすがに英国の人全員がバカボンのパパというわけではありませんでしたが、英国社会にはバカボンのパパを受け入れるだけの懐の深さがあるのかもしれません。善意的に解釈するのなら。。。

 幸か不幸か研究所内(食堂を除く)では英国人のバカボンのパパっぷりを見せつけられることはほとんどありませんでした。渡英した直後はいつ英国ジョークをふっかけられるかと身構えていたのですが、それも空振りに終わりました。単に短期滞在ということであまり英国人と利害が対立するような状況にならなかっただけかもしれませんが、研究所には学生・研究者共に英国籍以外の人が沢山いましたので、そういう環境では英国人も自然に人間関係のバランス感覚を身につけていくのかもしれません。ここまで書いてちょっと心配になりました、私も含めて日本人は世界の中でのバランス感覚をどの程度身につけているのか、と。

 それではまた次回。

追伸:この文章は2003年12月25日(GMT)に書いた文章ですが、帰国後に一部加筆修正したものです。


ケンブリッジ行きの電車は発車15分前になっても何番線に入線するのかわかりません。(赤矢印の下が入線番線です)


出発7分前に突然On timeからDelayed(赤矢印)に変わりました。まだ何番線に入るのかわかりません。


英国人の盆栽。



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